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とらべった 〜けんじとなほの世界一周旅行記〜
中国1
・国名 中華人民共和国 People's Republic of China
・首都 北京
中国写真館1

中国写真館2

中国人見解

中国の屋台
日付 都市名 日記題名
2008/10/16 河口 違う文化圏
2008/10/18 元陽 人が造りだした景観
2008/10/19 昆明 久しぶりの都市
2008/10/22 濾古湖 神秘的な湖、そして不思議な人々
2008/10/24 麗江 歴史ある街
2008/10/28 シャングリラ 寒さに凍える毎日

2008/10/16 違う文化圏

サパを出発したミニバスは山道をひたすら下り、国境の町ラオカイへ。

私たちは運がついていたのか、そのまま中国ボーダーまで乗せてもらう事ができ、

バスターミナルからボーダーまでのバイクタクシー代が浮いた。

余ったベトナムドンを持っていてもしょうがないので、国境近くのお茶屋で最後のベトナムコーヒーを注文。



ベトナム滞在中、何度と無くコーヒーの匂いに誘われて飲んでしまったこのものすごくストロングテイストなコーヒーともお別れ。

濃い豆の匂いと練乳の甘さがもう病みつきになってしまう。

この独特なドリッッパーもついつい購入してしまいました。


一杯のんびり一息ついて川を渡り対岸の中国へ。

入国審査などは今までで一,二を争うぐらい楽勝に通過。

かなり身構えていた私たちははやくもアレ?っとした気持ちになってしまった。


河口というこの町は、ベトナムとの交易の町で特にコレといった見所は無かったが、

初の中国という事もあり、新鮮な気持ちでいっぱいだった。

とにかく一番は漢字。


看板も、何もすべてが漢字のみ。

スーパーマーケットが「超市」

パン屋が「餅屋」

など分りやすいといっちゃわかりやすいのかもしれない。

なかには「老百姓超市」

という名前のスーパーもあり、ついつい農家のおばあちゃんが買い付けたスーパーなのかと連想してしまう。



こんな田舎町なのに威圧感みたいのを感じた。

うわさ通り、英語は全くといっていい程通じないので、バンコクで購入した中古の

「指差し中国語会話」

「筆談用メモノート」

「ボールペン」

というこの三種の神器を持って初の夕飯へ。

本場の中華料理。アジア諸国でよくみかけるChainese styleとは話が違うだろうと期待大。

餃子らしい物をみつけたので、早速チャレンジ。




「多少銭?餃子?」

「10個3元」


やすっ!

もちもちしてとても美味しい餃子が10個約45円。

その他にもお肉が入った釜飯みたいなものなど、何を食べても旨い旨い。

東南アジアの味とはまた違う、日本人にはとっても馴染み易い味で大満足。

食事以外の物価も他の国と比べ安く、生活費のみなら1人1日500円を切るレベル。

そしてなにより驚くのが、ぼったくる事が無いという事。

今まで何度も現地の人の何倍という価格でご飯を食べてきた私たちはこの事実に感激した。

中国人自体、もちろん噂通り痰(カーッペッ!)をそこら中に吐きちらし、密室の中でがんがん煙草は吸うのだけれど

今のところ優しい方ばかりで、なにかを聞くと筆談で丁寧に教えてくれたり、愛想も思ったより良い。

最初の先入観があったからなのか、怖いイメージが自分達も知らない間に己の中で大きくなっていたみたいだ。

先入観っていうのは怖い。



今までのインドシナ4カ国とはまた一つ違う文化圏に入ったという意味でとても新鮮でこんななんてこともない町でもものすごく興奮してしまう。

中国といっても今は本当に僻地である場所で、これから旅していく中で様々な角度を見れそうでワクワクが止まりません。

国境越えの新鮮さを味わっています。


明日は棚田で有名の元陽へ。

今は時期的にあまり良いシーズンではないみたいなのだけど、どこかで見た一面に広がる棚田の景色が忘れられないので行ってみたいと思います。




2008/10/18 人間が作り出した景観


河口のバスターミナルからガタゴトの激しい未舗装路を約6時間。

元陽の町の中心である南砂から棚田観光の拠点になる町、

新街鎮への道は舗装されてはいるが、山道をぐんぐん登る険しい道のり。


棚田で有名な為、もう少し道路もマシかと思いきや、結構な悪路でした。

山の斜面に沿って並んでいる町、元陽。

どこの道も坂道で平坦な土地は無いに等しいぐらい。そこにレンガで造った家が広がる。

意外にも町の中心地は、漢民族的な建物があり、それなりに物も集まり、適度な感じだった。

情報が全く無かったのでバスの車掌であるお姉ちゃんに聞いた宿に決定。

一泊30元。田舎にしたらちょい高いのかもしれないが、ホットシャワー付きなのが嬉しい。

気が付けば10月も半ば過ぎ。季節的にも寒くなるにつれて、標高も上がり、

更には緯度も上がるというトリプルな寒さで冷水シャワーはもう厳しくなってしまいました。


この宿、とっても居心地は良かったです。

窓からはこの展望。


明日1日、棚田観光したいので宿のおじいちゃんと筆談で会話。

ここから棚田まではかなり距離があるため、最初は公共バスで巡ろうと考えていたが、棚田の見所が随所にあるため、

結局1日チャーター150元(2250円)を申し込む事に。かなり安い!!


翌日。早朝6時に起き、ドライバーに連れられ朝日スポットへ。

真っ暗闇のガタゴト道。途中ですれ違う人々は民族衣装を着、重たい荷物を肩に背負い歩いていた。

サパなどでは「着てる」感があった衣装だが、ここでは素で着ている雰囲気があり、見ていても自然だった。


棚田に到着。道から少し歩いたらいきなりのこの景色。



想像していたものより、スケール感が大きくびっくり。

棚田は日本でも何カ所か好きで巡ったが、この規模はありえない。

この付近に昔から住むイ族の人々が1000年以上も前から造りあげてきた景色。

今は時期的にあまり良いシーズンで無いらしく、水が溜まっていない棚田も所々あったが、

そんな事を思わせないぐらいに感動的だった。

残念ながら霧が濃く、朝日に輝く姿は見ることができなかったが、満足する事ができた。


朝日のあと、いくつかの棚田を巡る事になっていたが、8時ごろから霧があたりを包み込み、

全く景色を見ることができなくなってしまったので早々、宿に一回戻り、午後に再チャレンジする事に。。

(時期的な問題かもしれませんが、私たちの滞在中、毎朝昼ごろまで霧がひどかったです。)


午後になると朝とはうって変わって、素晴らしい天気。


思う存分、棚田を満喫する事ができた。

     



     

写真では伝わりきれない、眼の前に広がる風景にただただ感動。

自然の景色も雄大で素晴らしいけれど、これを人が造った事、

ただでさえ維持が大変である棚田を1000年以上保持してこれた人々に感銘を受けてしまった。

だって、下から上まで種を撒き、世話をし収穫するんだよ。

どんだけの労力がかかるのだろうか。。。、


稲フェチでもある私たちにとってはなによりもたまらない景色だったのでした。


朝日や夕焼けやに染まる景色が見れなかったのは残念だったが、

閑散期である為、ツーリストが全くといって良いほどおらず、この景色を独り占めできたのは本当に嬉しかった。



一昼一夜ではできない積み重ねが築き上げた景色。

話は替わるけど、今回のドライバーのペーさん。

優しい穏やかな人で私たちのわがままな要求にも嫌な顔一つせず、付き合ってくれた。

結構な不思議キャラで、カメラが好きらしく、2ショットを頼むと、嬉しそうに様々な角度からパシャリ。

「指差し中国語会話」に興味津々で私たちが棚田を見ている間、ずーっと熱中。

2児の娘を持つ、おっちゃん。指差し会話と、筆談で話した事は忘れません。



人にも恵まれ、その晩のご飯では恐ろしく美味しい炒飯にも出会う事ができ、大満足な元陽でした。

明日、大都会と噂される昆明へ移動です。


2008/10/19 久しぶりの都市

元陽から快適バスで約8時間。高速道路という素晴らしい道のり。

雲南省の省都、昆明に到着。

バンコクぶりとも言える大都会に戸惑う私たち2人。

でっかいビルに大勢の人々。雲南省の行政から物流からなにからなにまで詰まっている感じ。


今までは田舎だった為か、「旅社」と呼ばれる安宿に外国人である私たちも宿泊ができたのだが、

詳しい事はわからないが、中国では一応、外国人と中国人で泊まれるホテルが決められているらしく、

許可を取っていない、格安の宿はここ都会である昆明では泊まる事ができなかった。

やむなく私たちも一泊80元(1200円!!)のホテルへ宿泊する事に。。。

昆明も観光しようと思ったら様々な場所があるのだが、今回は相談の結果、1泊するだけで出発する事に。

ホテルの高さもあるのだが、今回はせっかくの長期旅行。なかなか行くことのできない地方を見て周りたいという結論だった。

昆明ではぶら〜っと街歩き。

     

漢字だらけの町並みに未だに慣れておらず、新鮮な気分。

面白い看板を見つけては楽しがっていた。

      

女人街という日本のイメージだと少し怪しげな通りは女の子のファッション街といった感じ。都会だけあって英語名をつけているお店もあったが、

中でもこのBread Storyというパン屋のネーミングはググっときてしまった。

中国での初の都会。

漢字でなんとなく意味が掴めるし、市バスなども、漢字表記の為乗りやすく移動もしやすかった。

またご飯なども種類が豊富でそれを見るだけでも楽しかった。

都市というのはやはり快適で便利でしっかりしている。

地方と都市の格差。人々の身なりも民族が違うせいもあるかもしれないが全然違う。

まだ雲南省のごく一部しか見ていないけれど、この広大な国土と10億人を超える人口をまとめるのは至難の技なんだと感じた。

不思議な感覚。

これからますます味わっていくのだろうな。

未だに新鮮です。


1泊し、その後一気に500km以上離れた寧浪という田舎町に夜行寝台バスで移動します。

中国特有だと言われる寝台バス。楽しみです。


2008/10/21 神秘的な湖、そして不思議な人々。

昆明のバスターミナルをでた寝台バスは約12時間後の早朝7時、寧浪に到着。

今回初の体験であった寝台バスは新鮮でした。



思った以上に快適で、ぐっすり寝てしまいました。

確かにスペースは狭いし、中国人の足はものすごく臭うのだけど、長時間移動の際、寝れるか寝れないかは大分疲労に響いてくる。


寝起きのネムネム状態で寧浪に到着。

ちょうど良いタイミングで濾古湖行きの乗り合いミニバンが見つかった為、すかさずそれをキャッチ。

寧浪から濾古湖までの道のりはそれはそれはとても景色の良い道でした。


今回の旅一番の高地である為、(といっても3000m級の峠です)空気がとても澄んでおり、

遠くの山々までくっきり見ることができました。

人生初の4000級の山々を車窓から見たときはもう感激。

テンションが一気に上がってなかなか覚めやらぬ感じ。

途中にあるモソ人という少数民族の村々も今はトウモロコシの収穫時期らしく、みんなせっせと働いており、ナチュナルな雰囲気で良かった。



中国を観光する場合、旅行者が口を揃えて言うのが入場料の高さ。

濾古湖の場合も例外ではなく、1人あたり80元(1200円!)のエンターフィーがかかる。

1200円と聞くと「なんだ、そんなでもないじゃん。」と思われるが、

中国の旅行で1日の生活費(宿代、飯代など)が1人あたり50元だという事を考えると激高だ。

今回、私たちはとても運がよく見張りである中国公安の職員が居眠り中だった為スルー。

こういう所が社会主義中国、面白い。


濾古湖に到着。

中国では珍しく、抜群の透明度で澄み切った水。

久しぶりの目に映る潤った景色に2人は大感激。無言で見つめてしまっていた。



宿はモソ人経営の宿で、一泊40元。

濾古湖は中国国内ではかなり有名な場所らしく、アクセスがしずらいにも関わらず、中国人観光客を目にする事が多かった。

私たちはほんともっと村しかないのだと思っていたが意外にもツーリスティックだったので少し落胆したが、

外国人旅行者はほとんど見かけないし、なにしろ景色の素晴らしさに大満足だった。

     

     

モソ人はチベット仏教を信仰しているみたいで、念願のタルチョも見る事ができた。

 のんびり景色を楽しむ場所としては最適だと思う。

とにかく、空気が澄んでおり、空がめちゃくちゃ青く、それだけ気持ちは高揚。モソ人達も穏やかな人々が多かった。

このモソ人。女系一族らしく、女が財産なり家徳を受け継ぎ、男はその女のもとに

夜に会いに行き朝帰るという通い妻ならぬ通い夫。

経済的つながりが薄い為、そのような関係の夫婦らしい。

なので夜這いという行為がそれなりに認められている文化という不思議な人々。

確かに若いモソ人の男はナンパな雰囲気をかもちだしていた。


トレッキングというか、湖畔の道を歩いて散策したのだが、徒歩なのは私たちだけで、

周囲の中国人は優雅に車をチャーターしてどんどん追い抜いていってしまいました。

高度のせいもあり、疲れてしまったが、歩いてしか感じられない雰囲気を今後も大切にしていきたい。


いやぁしかし寒い。これから北上するのと高度を上げていく事が大分不安になってきました。

これから古都、麗江へ移動です。




2008/10/24歴史ある街

濾古湖から約7時間。古都麗江へ到着。

バスから降りたら石畳の道がずら〜っと敷き詰められている道に今までの中国の都市とは違う雰囲気。

まさに日本の京都を思わせる雰囲気。



道バタにゴミひとつ落ちていないし、さながらテーマパーク。

聞けば中国の一大観光地らしい。

ツーリスティクな感じに最初は戸惑いもしたが、それを上回る美しさに大満足でした。


ここはもともと統治したいた人が「木」さんという人で城壁で四角く囲ってしまうと「困る」という字になってしまうので

縁起が悪いという事で細い路地が縦横無尽に走っていて面白い。


ここではラオスで旅を共にした雄一さんと再会。

私たちと3人でひたすら街歩き。

やはり私たち2人の場合だとだらけてしまい観光も程ほどに「まっいっか」となりがちなのだが、

一緒にいる人がいると私達にもハリが生まれ、いっぱい歩いてしまった。



一面の瓦屋根。圧巻。

石畳ひとつひとつも使い込まれた感じがなんともいえなく、たまらない。

観光地化しすぎて嫌気がさす人も多いのだろうけど、観光客がそれだけ集まるから街自体も大切に保存され、

そこに住む人々も街を愛するだろうし。。。


観光地という事もあり、お土産が充実しており、私たち3人はかなりの数を買ってしまった。

11月に一時帰国しなければこんな事もないのだろうが、荷物も置けることだし、

雄一さんがいるという事で勢いもついてしまい、買ってしまった。

いやぁ勢いって怖い。

今までセーブしていたのに、一回火が着くと止まらなくなってしまう。


しかし、さすがは中国。品数の種類の数は半端ない。

雑貨といえばまずアジアが思いだされるが、ここ、雲南省もかなり素敵なお土産品があると思った。


中国のどこの場所でもそうだが、外国人観光客よりも、中国国内旅行者の数が多く、

今までの東南アジアの場合、現地の人は外国人をまず、稼ぎのターゲットにされるが、

中国の場合、マーケティングの大きさの違いか、国内で消費きてしまうせいか、

あまり客引きの攻めなどで嫌な気分になる事は少ない。

そんな点でも今までの国との違いが感じられる。


こんな歴史を持った街なのにしかしここも標高2400m。

かなり冷えます。

ここでダウンジャケットとズボンを購入。

次に進むシャングリラは標高3400m。

先に行った人の話によると雪がちらついているらしい・・。

さてさてどうなることかなぁ。



2008/10/28 寒さに凍える毎日

麗江を出発して1時間もしないうちにトラブル発生。

どうやら前の車がコーナーで追い越しをした時に衝突したらしい。

アジアでも見かけたが、こちらの場合事故が起きた時に警察が来るまでどんなに道を塞いでいようが、現場をいじる事ができないらしく

なんだかんだ1時間弱、重要な幹線道路が使い物にならなくなってしまった。


そんな事もあり、シャングリラに到着。

ついた途端、感じるこの異常なまでの寒さに驚いた。

ここではカンボジアで出会ったゆうやさんとの再会。

更には麗江で出会った、けいじさん、ゆいさん、けんさくさん、とも再会し、

この旅一の大所帯。

やはりご飯はみんなで食べるのがおいしいな。


しかしここシャングリラ。とにかく寒い。ガタガタ身体を震わせてしまった。

それもそのはず、翌日起きてみるとこの景色。



雪。

一週間前までは半そでビーサンだった事が嘘のよう。

それだけ北にきたし、それだけ高度も上がったんだなぁっと。

空気も薄い。

麗江(2400m)まではそれ程感じる事がなかったのだが、ここシャングリラ(3400m)ではすこし小走り

をしたり、階段を上るとすぐに息が切れてしまう。

4日間過ごしてしまったシャングリラだが雨男雨女が集まった影響か、この時期では珍しいほどの雨。

結局4日間一度もお日様が顔を出すことは無かった。

山を目的としてこの街に集まった私たちとしてはもうやる事無し。

外はみぞれ混じりの雨やらなにやらで寒くて観光する気分にもならず、

久しぶりの旅行者同士の会話に花が咲き宿に引きこもっている時間が多かった。


そんなシャングリラだったが、ようやく重い腰をあげゴンパと呼ばれるチベット寺院

ここにはチベット自治区に近いこともあり、実際チベット文化圏。




文化革命時代の時に中国政府に破壊され、現在の物は中国政府の意向なのか屋根が金ぴか。

寺を中心とし、周囲に僧の宿坊がずら〜っと並ぶ様は圧巻。

初めて見るチベット仏教は面白い。

輪廻転生が貫かれ、信仰心が非常に強く、宗教が関わる建造物やら人々やらを見るとそのパワーに驚く。

こんな大きなものをそれを信仰するだけの為に造り上げ、守り続けてきた力っていうのがすごいなぁって。

宗教を語るのは難しいし、それだけの知識も自分にないが、その大勢の人々が一緒になり、造り上げてきた信仰心を垣間見れてとても興味深い。



     

左の写真はマニ車と言われる物で、回せればお経を読んだ事になるというチベット仏教特有。

右の写真はゴンパの脇で民族衣装を着させてもらっちゃいました。中国人旅行者と二人で。

観光者っぽくてゴメンナサイ。



ナパ海と呼ばれるシャングリラに来たらここへ。という場所にも雨の中強行突入

時期的にはシーズンは終わり、小雨が降る中なので、私たち以外誰もらず、乗馬をしてしまった。



最初到着した時は、アレレ?ナパ海ってこんなもの??っと正直がっくしきたのだが、

実際近くで見てみると意外にも広く感じられ、高原のチベットといった雰囲気が感じられた。


っとチベットというと、この街では一回諦めた、チベット自治区に行けるのかも。。。って目が輝きだした時があった。

それはそれは、この街で集まった日本人の友人と松茸パーティーをしているとき。

っというのもここシャングリラ。松茸で有名なのです。

すっかり泣きべそ、ぐずついた天気に落ち込みながらも、私たちは以前、

ネットで見た情報の両手いっぱいに盛られた松茸(それで200円ぐらい)

を捜し求めてシャングリラの町をひたすら歩き回った。


そこら中に松茸で溢れかえっていると予想した私たちの思い込みはなんだったのか、何一つ売られていない。

きのこ屋のおじさんに筆談で交渉してみると・・・


「9月までがシーズンで今は手に入らないよ」


一同絶句。。。

「だけど乾燥松茸ならいくらでもある。」


そうして手に入れた念願の松茸(乾燥)を日本では考えられない程大量に買い込み、宿近くの飯店で松茸鍋をしてもらっている時だった。




隣の席で松茸鍋にがっつく私達を興味深そうにみているおっちゃんに中国語がしゃべれるけんさく君が話しかけた。


「おっちゃん、ラサから来たみたいだよ。」

「連れてってくれるっていってる。」


!!??

チベット自治区は周知のとおり、オリンピック前のゴタゴタで外国人は締め出されていて、

正式なパーミット(これを取るのが大変。)が無ければ絶対に入れない。


「おれに付いていけば大丈夫だ。」

チベット人特有の厚い顔に、そんなセリフを言われ、一同大興奮。

みんなでおっちゃんのパジェロをチャーターして明日には出発!!


頭の中はチベットでいっぱいになってしまった。

荷物はとりあえず大き過ぎるから成都の宿に送り、食料も買い込み、

標高も高いし、気温も低いから温かい格好をしなきゃな。

一泊目はこの町、二泊目はこの村ぐらいかな。やはり4泊はしなければいけない。

っというか、景色がやばいぞ。標高5000mの峠越えが2、3回あるじゃんか!


が、しかし・・・


結局おっちゃんの友人のおじさんに確認の為尋ねた所、やはりパーミットが無ければ厳しく、

駄目もとで大丈夫だと言うおっちゃんに従い、公安にも行ったがやはり結論はNO。

淡い夢を見させてもらいました。


その後もリタン経由で成都に行こうと思っていた私達の予定は大幅に乱れ、

四川省のチベット文化圏まで外国人は進入不可になっており、公共手段で行けないならプライベートで。

っと待ちでタムロしているチベットドライバーに尋ねるも、タイミングが合わず撃沈。


結局、欅枝花市という街まで戻り、そこから成都に行くしか無くなってしまった。

大幅なロス。。。



しかし、なんだかんだこのシャングリラで過ごした5日間は忘れられない物になった。

連日の雨で寒さも厳しい、こんな場所だが気持ちの良い人々に出会えた。

一緒に行動を共にした日本人のみんな。

行きつけの食堂のおじさん達。

自分は関係無いのに、私たちと一緒になってリタン行きのドライバーを必死に探してくれたおっちゃん。


中国に入って以来、なほと2人でなかなか他の人々との交流が少なかったが、様々な話を聞く事ができ、とっても面白かった。


凄い素敵な笑顔を持つ南米1年半のキャリアを持つ旅のベテランけいじさん。

フィルムカメラを5つも携帯している中国語を操るけんさく君。

英語が堪能で、ふざけすぎた私達をしっかり引き締めてくれるしかし意外とふざけちゃうゆいさん。

毎回爆笑の渦に巻き込ませてくれる私達の笑いの壷。

その風貌とはうらはらの、しかし話せば納得の幼稚園の先生であった前歴を持つゆうやさん。

ラオス、麗江でも一緒だった、毎回喧嘩になりそうな私達を優しくあやす、もはや資延夫婦の管理人である雄一さん。


どんなに素晴らしい風景に出会っても、どんなにおいしい料理を食べようとも、

やはり旅行は人に尽きる。

シャングリラ。響きは良いが微妙な街、シャングリラ。

かの有名な小説の理想郷と表され、中国政府が無理やり名づけた街、シャングリラ。

雪が降るほどの寒さで毎日雨が降り続き自慢の山を一瞬も見せる事が無かったシャングリラ。


良かったな。


行きつけの飯店の前でおっちゃんと・・・家族写真んみたいじゃん。


明日の夜、夜行で欅枝花まで行き、まる2日かけて一気に成都までむかいます。






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